2013年11月5日火曜日

かけがえのなさ

見知らぬ番号に掛け直すと母の従姉だった。私の大叔父の、娘である。
「わざわざお知らせすることでもないかな、とは思ったんですけど」
切り出された瞬間、最悪の事態を想像して頭の血管につめたい血が走った。
「父が、入院しまして」
「はい」
「すぐにどうとか、戻れないってわけではないんですけど、もしね、いない間にお電話頂いたらあれだなあと思って。病院、携帯使えないから。まあ、帰れない入院ってわけじゃなくてね。ホームより居心地がましなんじゃないかって思ったみたいで、自分から行きたいって言い出して」
「…はい」
「すみませんねえ、知らない番号からだから絶対お出にならないとは思ったんですけど」
「いえ、そんなことは、あの。どこの病院なんですか」
言いたくなさそうだったが、絶対聞き出そうという心が働いた。母の従姉は見事に、私のことを何とも思っていない人の声で、何もかもちりとりにまとめて掃きこむような、しゃべり方をした。
「でも今日入院して『病院も思ったほどでもないな』って言ってたから、すぐ戻るかもしれませんから。だから、また会うのはホームに戻ってからにして下さいな」
「…はい。あの、私いつもご挨拶もしないままですみません。なかなか面会の時間が、その、皆さんとずれてしまって」
「いいえ、私の方がね、いい加減なものですから」
ひとつひとつ水門を閉ざされていくようで、気が遠くなった。

電話をきってしばらく茫然としていたが、盛大に部屋の片付けをしてから、横浜橋の酉の市に行った。ひとりでピカチュウの人形焼きと、水餃子を買ってたべた。日ノ出町に戻って何人かで食事をして、そのあと黄金町に行った。久しぶりにたべたスパゲティナポリタンがおいしかった。生まれかわったら歌手になる、と言ったら、今からでも歌いなよ、ウクレレでよければ伴奏練習するよ、と言われた。本当はウクレレよりもアコースティックギターがよかったけれど、まあそれもいいなと思った。

「どうして嫌なの」と聞かれたけれど首をふり続け、頑として答えなかった。失うものにいちいち言及して、悲しくなりたくなかった。光が明るいほどに黒く照らされるものが私にはあって、そういう人生であることについてはだいぶ前からあきらめている、ということだけその人に伝えようと思ったが、しゃべれなかったのでだめだった。とにかく私は今、最悪に暗くて、それ以上ここに書くことは何もない。書けもしないものを私がしゃべるはずがないし、それは強固な意志の問題だ。

結局終電を逃し、タクシーを拾って、何だか回り道をしてしまってから家に帰った。重ねた毛布も、やっと季節が追いついてきたようで暖かいと感じた。雨の音で二度ほど目を覚まして、でもカーテンの外を見ることはしないで、明けた日がまた暮れるまでねむってしまった。電車の中とか喫茶店の椅子ではなく、ベッドの中で眠気がふくらむのがこんなにうれしいというのは、久しく忘れていた。昨夜から気持ちが後ろ向きすぎて、前髪でずっと顔を隠していたら、起きてからセーターを後ろ前に着てしまって滑稽だった。

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