2014年11月18日火曜日

クックロビン

夫である人を、殺してしまっている夢を見た。私は遺体を隠してどこかへ逃れ、誰にも会わないように息をひそめて暮らしているのだった。夢の中でまた眠りに落ち、自分の隠した死体が腐乱していく様子が見えた気がして目が覚めた、というところで目が覚めて、息が止まるほど恐ろしかった。私は絵を描きながら床に倒れて眠っていて、自分が今どこにいるのかも全くわからなくなってしまい、出来ることなら声を上げて泣きたかったけれども息が詰まってそれはできなかった。私は誰も殺していないということが分からなくなってしまって、そう思っているということはもう既に殺してしまったのかもしれず、取り返しがつかないことをした、という強烈な罪悪感に飲まれそうになりながら、やっとの思いで呼吸を取り戻した。殺していない、殺していない、ということが思い出せるまで、それからずいぶんかかった。

2014年11月15日土曜日

首に手を

好きな人の、昔の日記を、読むのはとても怖いし、気持ち悪い。できれば日記などには近づきたくない。何を食べたとか何時にどこへ行ったとか、手帳に書き留めたメモでも勘弁してほしい。そのことと、私が『痴人の愛』の馬ごっこのシーンが吐き気を催すほど大嫌いであることの、理由は大変近い。疎ましい。いつまで経っても許せない。文字になった以上は、絶対、許せない。部屋にひとりでいると、いろんなことを思い出して(経験していないはずのことまでも)気が狂いそうになる。ひとりの部屋で、私はいろんなものを見つけてしまう。プラチナの指輪、ダイヤのネックレス、女の名前宛の水道料金のはがき、ファンシーな便箋。私は簡単に「狂う」なんて言わないかわり、私が「狂う」と言う時は、本当にそういう時なのだ。

2014年11月12日水曜日

静かな人

今も、あの人が不機嫌に黙るのがいちばん怖くて悲しい。もう側にはいられない、とはっきりわかってしまうくらい。

昔の恋人とよりを戻す夢を見た。よりを戻すも何も、私の時計の針は遥か進んでしまっていて、戻りようもない場所に今流れ着いているのだけれど、とにかく夢ではそうだった。夢の中の私はそのことにすごく戸惑っていて、流されてしまったことにすごく不本意な思いをしていた。

好きだった人のことは、たいがい、もう怖くなってしまっている。

ほんと言うと、すこし考えてた、という彼に、正直びっくりしたし、それ以上に嬉しくて本当は泣きたかった。その場でそうするわけにはいかなかったので、後でこっそり思い出しては、何度か泣いた。

2014年11月6日木曜日

冬の支度

夜中に声をあげて泣く時は、起きればいいのに、という気持ちと、どうせ気付くはずがない、というみじめさの、両方にねじ切られそうになっている。

本当に昔「優しくしてほしいなら、そうしてくれるやつを探せよ」と罵られたことがあるのだが、その時から思っていることは一つだ。「私は、あなたに優しくしてほしかった」。

朝から晩まで家にこもってしまうのは、どうやら月の障り前の憂鬱であるらしかった。毎月毎月、ちゃんと来ればいいと思いながら待つのがとても嫌だ。寒くなってくるとなおさら暗い気持ちは増す。あなたは子どもが出来にくいから、妊娠したら必ず育てること、という占い師の言葉を思い出して、ああ、いつかは本当に子どもを抱いたりしたいな、と思う。

2014年11月5日水曜日

推察

還暦をまわって何年も経つほどの母の従兄が田舎からやってきて、親戚のたくさん集まった挨拶の場で「戦争が始まったら、あちらは田舎ですから、皆さんどうぞ疎開していらしてください」と言ったので、心底ぎょっとした。その場にいた私の従姉は二歳の息子を抱きしめていて、彼の安らかな寝顔に対して、母の従兄の言葉はあまりに不穏だった。酒の席の、しかも終わりの挨拶だったので、私以外の人は少し赤らんだ穏やかな顔で(まるで田舎を懐かしむかのように)聞き流した。

集まりが解散になったあと「これからどうするの」と聞かれ、病院に行く、と言うと相手が少し黙り、その沈黙から、彼女は私が妊娠したのではないかと推察しているのだということがわかった。

2014年11月4日火曜日

目を開けると、隣に居るはずのない人の顔がうっすら見えて愕然とした。しばらく見つめているとその人の顔は元通りのその人の顔になり、私に「おはよう」と言った。