2014年8月29日金曜日

私の子ども

ひとつの決断はその次の決断を押し出す。そうやって、次から次へ生きていくほかない。誰もいない部屋で頭をかかえて、時には声を出したりして、いつかまたしなければならない決断のことを考える。それは私の手に余る。

母が「あなたは、子どもといる時が楽しそうだから、子どものいる人生もきっといいんじゃないかしら」と言う。別に、いつ子どもが出来てもおかしくはない。たまたま免れているだけで、本当はもっと真剣に考えなくてはいけないんだろうと思う。子どもが出来たら、全力で受け入れることと全力で責任を取ることをしなければいけないと私は思うが、男たちのほうはあまり気にしていないみたいで、何だか蔑ろにされている気もする。

まっすぐ考えたことを伝えるしかできない。感情に引きずられるな、とか、戦略的にものを見ろ、とか、いろいろ言われるけれども、このままではしばらく押し黙ることになってしまいそうである。そんなのどうだっていい、とか言われそうだけれど。言われてもいない罵倒と頭の中で繰り広げるのが得意すぎて、本当に疲弊してしまう。


2014年8月27日水曜日

悪童たち

リュカとクラウスという双子の子どもがいて、彼らとは、横浜のそばの小さな街でときどき一緒に遊ぶ。今日は久しぶりに二人に会って、路地裏の野良猫を愛でたりした。クラウスが「ねえ、猫がいるよ、きてごらん」と手招きして私を呼びに来たのである。クラウスについていくと、近所の住人に毎日えさをもらっているらしい野良猫が、うつわに入ったキャットフードをちびちび食べているのが見えた。側にはリュカがしゃがんでいた。双子は猫に興味しんしんで、背中を撫でてその骨の硬さに驚いたり、猫がおとなしいのをいいことにしっぽをつまんでみたりしていた。リュカの方が先に飽きてしまったようだが、クラウスはずっと猫の背中を撫でていた。リュカに、クラウスは猫が好きなのかと訊ねると彼はうなずいて、そのままふいっとどこかへ行ってしまった。

しばらくして、リュカはどこからかクラウスの自転車を勝手に持ってきて乗りまわし始めた。自転車かっこいいね、誰の? と訊くと「今盗んできたの」などと嘯くのも可愛い。そんな悪童のリュカが、急に「あっ」と言って左目を押さえたので、びっくりした。どうしたの、と訊くと「虫が目に入った」と言う。リュカの目は大きい。おめめ開けてパチパチしなさい、と私が言うと、彼は不器用にまぶたを瞬かせた。見せてごらん、と言うとこちらに顔を近づけてくる。思わずそのつややかな眼球に見とれてしまったのだけれど、まだ生まれて8年しか経っていないのだと思えばこんなにきれいなものは他にない。

2014年8月22日金曜日

パズルゲーム

目が覚めて、あんまり暗いのでまだ3時ごろかと思っていたら、まだ1時にもなっていなくて絶望した。そのあと、2時と4時と5時に目が覚め、騙し騙し目を閉じ続けるも限界が来て、いつものようにかき氷を喉に流し込むことになるのだった。納得したはずのことも、朝にはおそろしくなっている。自分の両手の輪郭が揺らぐような気がして、思わずまだ眠っている人の顔を見る。こんなに静かに眠っているなら、私がいつ立ち去っても気づかないだろう。こんな朝はパズルゲームをやる。でも、すぐに負けて死ぬ。

2014年8月19日火曜日

眠りの観察

私より先に起きる男はいない。これまで毎朝毎朝、彼らの寝顔を眺めて暮らしてきた。死んだように静かに眠りつづける男もいた。少しいびきをかいているのも。日がすっかり回って夕方になるまで目を覚まさない男も。いつも幾ばくかの苛立ちと諦めをもって、私は彼らを眺めている。

彼は演劇に嫉妬しているの、それはもうすごく、と占星術師は言ったのだった。でも、嫉妬されたところでどうすることもできないし、どうするつもりもない。ただ寺に入った尼のように、これからは書くことだけを一心不乱に行おうと思う。

いちばん好きな家具はソファ。次がテレビ。本棚は別格として。


2014年8月18日月曜日

離宮

占星術師に会いに行った。あまり幸せそうでないらしい、という私の噂を心配して、会わないかと言ってもらったのである。アールグレイを飲みながら、彼女と話した。彼女は私の決断を支持し、背中を押してくれた。「この一、二年は寺に入ったつもりで物を書くといいわ。気学の星回りから言っても、あなたは正しい判断をしたと思う。ご先祖さまが守ってくれてる。次のお彼岸はお墓参りに行きなさいね」

沈黙

向き合って、男は黙っていた。30分、40分と時は過ぎた。私は、彼の言葉を待ちながら昨夜見た夢のことを思い出していた。夢の中で、私はずっと会いたいと思っている友だちにやっと再会して、それでも連絡先を聞き出す前に何だかラーメンを食べることになって、うやむやになってしまったのだった。美河、今でもすごくあなたに会いたい。そんなことを思っていても目の前の男は喋らず、ただ時間ばかりが過ぎて行くことに絶望的な気持ちになって、その日私は帰宅してしまった。男からはあとでメールが来た。私が今大きく動揺し、落ち込んでいるとしたらそのメールのせいかもしれず、しばらくもとの自分には戻ることが難しい。

2014年8月16日土曜日

かき氷

数日前、夢うつつでベランダに出てしまった。睡眠導入剤はすでにじゅうぶん効き始めていて、身体が傾いで倒れそうになるのを感じて必死で部屋の中に戻った。倒れたら、自分では起き上がれないだろう、と予感するような眩暈だった。明け方、いちご味のかき氷を口に含む時は、まだのどに薬の味が残っている。それを身体の奥まで押し込むように、かき氷を食べ続ける。薬を飲んだ夜は夢を見ない。

2014年8月8日金曜日

短めの髪

風邪を引くと、適当なところで治るということがない。いつもこじらせて苦しくなるところまでいってしまう。加減がわからない身体なのだ。何にせよ。

髪というのは不思議なもので、ある瞬間から急に長さが変わって見えたりするものだ。昨日までは短かったのに、今日は少し長く感じられたりする。

ああ子どものころは幸せだった、と言って顔をおおったら、それを聞いていた人が「僕は今のほうが幸せだなあ」と言ったので、え、どっちがいいかなあ、と束の間私も考えた。