2016年8月10日水曜日

小休止Ⅰ

実はこれ書き上げてやめようかと思ってたらしいんですけど、という言葉に「いいえ、こんな作品書いちゃったら続けるしかないですね」と答えたら、彼女は「残酷ですねえ」と言ったのだった。彼女と会うのは二度目だが、私のことをよくわかってくれているんだな、と思って信頼している。

京都の東西南北と、通りの名前の感覚が、まるで自転車に乗れるようになった時のように急に、身についたような気がする。「どうやって帰らはります? もし何ならここから三条までくだっていただいても」と薬剤師に言われた時「くだる」という言葉がぐっと腑に落ちるのを感じた。四条烏丸という交差点は、四条通りと烏丸通りが交差するからその名で呼ばれている。その交差点で待合せをしていて、自分のいる位置をどう告げればいいのか、「北西」と言えばいいのだろうか、と思案していると、待合せ相手から先に「北西にいます」とメッセージが来たので、自分の考えが合っていたことが分かった。だから彼とはすぐ会えた。

その日は琵琶湖の花火の日で、山陽本線の最終電車は騒がしかった。高槻、大阪あたりでぐっと人が減って、三ノ宮で私が降りるころには車内の人はだいぶまばらになっていた。フェリー乗り場までゆくバスは混んでいて、なんだか乱雑な雰囲気だったので少し疲れた。フェリーは出港が遅れていて、そこから先は時間がもうわからなくなってしまった。でも、薬を飲んでタオルをかぶって寝てしまえば何とかなる。眠りに落ちる手前で耳を澄ますと、船底から聞こえてくる音が変わっていたので、あ、エンジンが今かかったなと思った。これが船のエンジンの音。知る前と知ったあとでは世界が変わる。そういう境目に、その時私はいた。

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