2016年8月31日水曜日

ある日(嵐の前)

つくりたてのカレーは味が若い、という話をしてから、毎日メンバーで味見をしては「この味は、まだ文学座の研修生になりたて」などと言い合っている。昼前に、味がいまいち決まっていない時は「ネクストシアターに入団したけれど、芽が出ていない感じだ」と言われ、チーズやジャムを入れて味の角がとれれば「年上の俳優に籠絡されて、芸が深まった」などと言われる。最終的に、夜のカレーは鍋にこげついたりして苦みが出るので、柄本明とか呼ばれたりすることもある。今朝仕込んだ40人分のカレーは、微調整無しで、一度で決まった。有望な若き俳優の名前をみんなで次々あげながら、スパイシーさと深みのバランスをかんがみ、染谷将太に決めた。彼の成長を、カレーの熟成具合になぞらえて、その日は一日楽しんだ。

喫茶でのパフォーマンス販売の最終日、客人は大入りで、飲みものや食べものを買うのと同じように、劇作家や俳優たちのパフォーマンスを購入しては、目の前で立ち上がる未知の情景に、目を見開いたり歓声をあげたり、していた。その中に、何度かすでにここの喫茶で見かけている女性が、今日も来てくれているのに気がついた。

彼女は池田から来ていて、昨年の小豆島高校での公演があまりにすばらしくて、惚れ込んでしまったのだという。公演の初日を見て、もうチケットはなかったけれどどうしても側でもう一度感じたくて高校に行き、食堂で待たせてもらったと言っていた。そこから、ままごとへの思いを持ち続け、今年も喫茶に通ってくれていたというわけである。島育ちの彼女は、エリエス荘が昔、グアムからの留学生との交流の場だったということを教えてくれた。小豆島とグアムで、交換留学が行われていて、英語の好きな子たちは、自転車でエリエス荘に行って、そこに滞在している同年代のグアムの子たちとおしゃべりを楽しんだのだという。もう20年も30年も前だけどね、とはにかんで微笑む彼女は、かわいらしい少女の顔に戻っていた。

昨日も今日も、東京から私の友人が島を訪ねてきてくれて、とても嬉しい。大学の先輩がだんなさんと、昔ワークショップでいっしょに批評を書いた高校生がお母さんと、来てくれたりしている。

喫茶の片付けをしてから、演劇公演の打ち上げの飲み会に少し出た。エリエス荘の食堂は、この夏いちばんのにぎわいだった。大潮の影響によるルート変更(さすが海沿いの町だ)があったらしく、瞬時の判断の積み重ねで演劇公演が回っていく様子を、目の当たりにした。たいへんにお世話になったもっしゃんとマリコさんのために、俳優たちが00:00開演の落語演劇を上演するのを、みんなで見せてもらった。瞬発力と技術の粋を極めた深夜公演だった。

喫煙所にひとりで立っていると、マリコさんが外に出てきた。落語すばらしかったですね、と声をかける。あの船、何時間も前からずっと沖に停泊しているんです、巡視船ですかね、何でしょうね、と訊いてみた。あれは客船やないかなあ、台風が近づいてくるとね、動けなくなるからこのあたりの静かな海でじっと嵐が去るのを待つのよ。内海湾にね、10隻くらい停まってるのは、すごく綺麗よ。そうしてマリコさんとしばらく暗い海を見ていた。風が強く、潮が高くなりはじめていた。雨はまだ降り出してはいなかった。

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