2017年9月12日火曜日

東京バレエ団『20世紀の傑作バレエ』

2017/9/8(金)
明日のチケットを取っていたが、先生とメールしていたところ「私は今、文化会館に向かっています」と返ってきて、えっ、いいな! やっぱり行っちゃおうかな、当日券……と思いながらぼやぼやしていたら、17:30からの当日券発売時間になってもまだ家にいるという状態で、何だかんだまだぼやぼやしていて、19:00開演だというのに、上野駅に着いたのは18:58だった。最短ルートで文化会館に駆込み、入口の当日券売り場でA席を衝動買い。1時間近くかけて上野までやってきて衝動買いも何もないが、とにかく1階席の下手側を確保した。パンフレットは明日買えばいい、すぐに休憩があるのはわかってるから大丈夫、配役表だけとりあえず奪い取るようにもらって、ホールに飛び込んだ。


▼イリ・キリアン振付『小さな死』(原題:Petite Mort)
東京バレエ団初演のこの演目。
本日のファーストキャストでは、岡崎隼也、川島麻実子と柄本弾、崔美実とブラウリオ・アルバレス、秋本康臣が印象深かった。冒頭で男たちがかざす剣が、ヒュッと空を切る音が耳に残る中、モーツァルトの二つのピアノ協奏曲(第23番、第21番)で男女が一組ずつ踊り始める。
タイトルが示唆するとおり性的でもあるけれど、清らかさもあって、まだ残りの2演目観てないけど私はこれがいちばん好きだな、と最初に直感した。ありふれた言葉で申し訳ないけれど「エロス」と「タナトス」、このふたつの言葉に集約できると思う。でもバレエダンサーという人々はとてもストイックだし、バレエというのはバランスの芸術だから、そしてセックスというものはバランスを崩して乱れてこそ溺れられるものだから、どちらかというとやはりタナトスが勝る。


▼ローラン・プティ振付『アルルの女』
こちらも東バ初演。ビゼーの艶やかなファランドールが響く中、フレデリ(ロベルト・ボッレ)、ヴィヴェット(上野水香)、男たちと女たちの群舞は牧歌的にも見える。しかしだんだん不穏な空気が漂ってきて、フレデリとヴィヴェットがすれ違う様子、村人の男のひとりがフレデリに何かを耳打ちした様子(もちろん、アルルの女が他の男と駆け落ちする、という話だろう)など、舞台は破裂しそうな緊張感に満ちていく。
装置デザインのルネ・アリオはゴッホの絵画『刈り入れをする人のいる麦畑』(どうでもいいが今変換する時に「刈り入れ」が「借り入れ」と表示されたのは悲しかった)に着想を得て、背景幕をつくったらしい。ダンサーの上空にある大きな板が、農村ののどかさと、閉塞感の両方をあらわしていて秀逸だった。
窓枠からフレデリが飛び降りる……というよりは飛び込む、一瞬の幕切れのカタルシスがとてつもない。


▼モーリス・ベジャール振付『春の祭典』
秋だけど春の祭典が上演されるのであった。
この作品は、「男と女」や「雄と雌」という概念を超越して最終的には「人類」とか「いのち」に見えるのがいちばん良いところだと思う。私自身が今、女としての自分が結構どうでもよくなっているため、それに救われるのだろう……と真剣に考えていたのに、隣のおばさん二人が、幕が開くなり「蛙の群れみたい」とかなり聞こえる感じの声で言い出して、いや確かにどう観ても蛙の大群ですけどそういうことは口には出さないでほしかった。
男性の生贄は岸本秀雄で、優美ながらも覚悟を決めて舞台中央に向かう姿に胸打たれた。リーダーと若い男(ブラウリオ・アルバレス、和田康佑、岡崎隼也、杉山優一)の中では岡崎隼也がいちばん残酷だった。
女性の生贄は奈良春夏。6月の『ラ・バヤデール』でガムザッティを演じたのを観たのを思い出しながら見とれる。でも、強烈な個性とインパクトのようなものが彼女には、ちょっと足りないかなと思う。
男性群が曲線的、女性群が直線的、つまり一般的な男女の身体の造形のあり方と逆の振付がなされており、それが性的にいやらしく見えないどころか、崇高にさえ感じられる秘密だろうと思う。



2017/9/9(土)
セカンドキャストの日。24時間も経たずに同じ演目を観る自分。しかもセンターブロック3列目という良い席を確保していた。なぜなら明日は私の誕生日だから、贅沢をしたのだ。


▼イリ・キリアン振付『小さな死』(原題:Petite Mort)
冒頭、男たちが剣を頭上に掲げて後ろ向きに歩いてくる。前を向いて、剣を足下に置き、足を使ってぐるりと捌く。剣がうまく回せているか、足下に目線を落とすダンサーがいる中で、安楽葵だけが(たぶん。でも記憶に鮮烈に残ってるから、たぶんそうだ)前方を見つめたままこなしていて、しかも彼は東バのダンサーにしては上半身下半身ともにかなり強そうな筋肉(全体的に日本のバレエ男子は細身過ぎる気がしている)で、ものすごく惹き付けられた。冒頭の印象が鮮烈で、榊優美枝とのペアで踊るところはぼうっとしてよく覚えていない。吉川瑠衣と宮川新大ペアの美しさに息をのむ。ちなみに宮川新大は日本一美脚な男性バレエダンサーである(私個人の認定)。あと、岸本夏未ってとても洗練された外見だな、と気づいた。
隣に座っていた若い女性ふたりが「この人しかわかんなかった」と言って、配役表のブラウリオ・アルバレスの名前を指差していた。おい、きみたちはブラウリオしかわからないのになぜこんないい席で観ているのか、訊ねたくなったが黙っていた。


▼ローラン・プティ振付『アルルの女』
今日はフレデリが柄本弾、ヴィヴェットが川島麻実子。ヴィヴェットのむくわれなさ、健気さは川島麻実子の方が見応えあると思って、今日のチケットにしたのだった。柄本弾は、不幸にも(これは幸福にも、と同じ意味である)イケメンすぎに生まれたせいでいつも表情に頼って踊ってる傾向がある、うまく言えないけどミュージカル俳優みたいな時がある、と思っていたのだけれど、このフレデリのキャラクターではその表情の豊かさが存分に良い方向に発揮された。幻のアルルの女に魅入られるフレデリの狂気は、これくらい顔で演じないと伝わってこないのだ。なぜならアルルの女は登場しないからだ。演劇など、ほかのパフォーミングアーツでもしばしば「舞台に登場しない人物」「台詞のみで語られる人物」が鍵を握ることがあるが、言葉を用いないバレエにおいて本作の柄本の表情はとても雄弁だった。
女性たちの中では、個人的に注目している秋山瑛(あきやま・あきら)、足立真里亜がやはりきらめきを放っていた。
思ったとおり、川島麻実子の薄幸さは際立っていて、バレエ界の薄幸美人ぶりで言えば川島麻実子の右に出る者はもはや川島麻実子である。


▼モーリス・ベジャール振付『春の祭典』
今日の生贄は入戸野伊織(にっとの・いおり) 。儚げな雰囲気を持つ彼が、生贄に決まった時の、よろよろと絶望して歩く悲壮感に、ぞっとした。昨日よりずっと、リーダーと若い男(ブラウリオ・アルバレス、和田康佑、高橋慈生、樋口祐輝)の4人のサディスティックさが恐ろしく見えた。特にブラウリオは今まで、とっても協調性のある(それゆえ逸脱しない)ダンサーだなと思っていたけれど、とにかくこの作品、男性パートの生贄の決め方がエグくて、入戸野に決まった瞬間、びしーっと指差すブラウリオがマジで怖すぎた。
女性の生贄、今日は伝田陽美だったけど明日の10日は渡辺理恵か……さぞかし良いだろうな……と個人的な未練を残してフィナーレ。集中しすぎたため、あまり批評言語化できない。
もし何も知らない人にベジャール作品を説明するとしたら「最後の一瞬を見逃しちゃ絶対ダメだから油断せず集中して」とアドバイスを送りたい。間違ってないと思う。


そういえば、今回は前衛的な演目のためか、いつもより、というか全然、親子連れがいなかった。子どもの時にこそベジャールとか観て人生踏み外したらいいのに。

2017年7月5日水曜日

バレエのレッスン見学記録

緑が丘のスタジオ、Ballet Resonance火曜日クラスのレッスン見学に、行ってきた。私は昔から、「稽古場での演出家インタビュー」や「稽古場レポート記事執筆」に、ひそかな苦手意識を持っていたんだ実は、ということを、スタジオの外のガラスからひしひしと感じる二時間だった。

なぜなら、俳優やダンサーは、感じてるより考えてるより、身体が軽くて早い。そうしたものが生まれる現場に、私は物書きのメンタリティ一筋でのぞんでおり、でも舞台芸術のためならどんな素晴らしい瞬間でも、私なら言葉にきっとできるんじゃないかって、思いながら騙し騙し(というわけではもちろんない、 誠実に、誠実に向き合ってきて、でも最近は誠実だけでは乗り越えられない壁を感じていて、それを突破するにはバレエレッスンしかないんじゃないかと、多少省略するとそんな感じなのだ)批評やら何やら、演劇人のメールマガジン発行をがんばっているけれど、自分の「文体」の更新には、やはり自分の身体の更新が欠かせない。そう思って、新しい場所に踏み出すのは怖かったけれど、勇気を振り絞って見学に行った。

講師は松野乃知さん、片岡千尋さん。生徒は30代後半から50代くらいまで、すべて女性。
私はあまりに舞台鑑賞を多くしすぎてきて、見た瞬間に 「この人がいちばん経験豊富でうまい」「この人は実直だけれど股関節が固い」などというのが、わかってしまう。わかってしまうのというのは面倒な能力のひとつで、ただこれは、真珠鑑定職人がよい真珠を見極めるためにはまず最高級の真珠を見まくる、そうすると真珠のランクが一目でわかるようになる、というような経験と蓄積の問題で、私にはただそれがわかってしまう、ということである。まず、このような「観察者」としての自分の癖をひっぺがすところから、ゼロベースで見学するところから、始まった。
 
松野さんの重力係数は、いくら軽めにお手本を見せていても群を抜いて軽く、まるで月の使者のようですらあった。弱音(じゃくおん)の表現がどれだけ美しいかもプロの証である。彼が本気で跳んだら、きっとスタジオの天井は吹っ飛ぶ。

結局2時間以上、スタジオの外のガラス張りのところから見学させてもらって、最終的には、憧れと恐怖は紙一重、と感じて終わった。「普段の見学者の方は15分くらいでお帰りになります」と片岡さんはおっしゃっていたが、いやいや、バーレッスンの先を見ずして何がわかるのかと思う。松野乃知が軽々とお手本を見せ、参加者たちは経験と情熱に突き動かされてそれぞれ汗まみれでチャレンジを繰り返す。そのうち、私とスタジオを隔てるガラスがうっすら、参加者の熱でくもるのがわかった。ガラス越しでは、かかっているクラシック音楽も遠くにしか聞こえない。

この感覚、ちょっと寂しい感じ、私、知ってる。 と急に思った。中学生か高校生の頃、すでに私はかなり同級生の中でも「観察者」の存在になってしまい、しかも本ばかり読んでいたり、文章を書き散らかして文集にたくさん載ったりしていたものだから、なんとなく同級生たちから「勉強ができる人」と思われて、心理的な距離があったのを覚えている。放課後、校舎内を声を掛け合って走るテニス部の子たち、鏡を使ってダンスの練習をするモダンダンス部の子たち、音楽室で練習するオーケストラ部の音色。そういうものを全部全部、こうやって、今みたいにガラス越しに眺めて、彼女たちを描写して、文章にしたためることで、私は孤独を乗り切っていた。演劇部だったから、ときどきは台本を読んで立ち稽古をすることもあったけれど、どうも俳優は私に向いてない。身体を動かす神経が通ってない、と悩んだ。舞台をぼーっと見ながら、「舞台に出たい」「立ちたい」と思う人々の心を想像する方が楽しかった。その上で、もっとこうした方がいい、という意見をのべるのは好きだった。その後、大学生活での演劇制作を経て、はっきり「舞台をつくる」のは向いていないとあきらめ、観察者としての文体を磨き、観劇経験を積み、とにかく言葉で、言葉でアウトプットするように開き直るまでにはずいぶんと時間がかかった。
あの頃は、お弁当もときどきひとりで食べていた。女子校でお弁当をひとりで食べるのは、かなり寂しいことである。明確には15歳の夏に形成された(この時の話は端折る)物書きとしてのメンタリティは、その後私に、よくもわるくも「観察者」という免罪符を与え続けてきたのではないか。

そこで話はスタジオに戻る。バーレッスンまでは、日頃のおさらいというか、ルーティンなのだろう。人差し指を綺麗に立てると、美しく見えるんだな、ということがバーレッスンではわかった。

バーを片付けてからの講師の松野の指導は、かなりスピーディで、参加者からは「わ、できなーい」みたいな笑い声がいっせいに起きたりもしているが、詳しいことは聞こえないからわからない。でもこれも、中学生の頃聞いてた、遠巻きの同級生たちの声みたいだった。どこでもちょっと、居場所を外れてしまうのが、私なんだよなあ。でも、だからこそ見えて書けるもの、あるんだよなあ。

そんな私に、身を戦慄させる出来事が起きた。
松野がお手本を見せる→生徒たちが繰り返しやってみる、という流れの中で、もはやレッスン時間も終盤、松野はジャンプからターン、再び跳んでポーズ、という指示を出した。(このあたりのパの名称は細かくは私にはまだわからない)軸をブレさせることなく、ふわっふわっと彼は重力に逆らうように跳ぶ。それを見た瞬間、髪の毛が逆立つような気がした。自分が今まで「観察者」の免罪符を得て避けてきたものは、この「跳躍」だったのだと、雷に打たれたように、気づいてしまったのだった。

運動は苦手だった。特に跳ぶのは嫌いだった。なぜかというと、思春期になって胸が大きくなって以来、動くのがわずらわしかったというのは理由として大きい。大人になって貧血が慢性化するようになると、ランニングなどで身体を動かすことも難しくなった。その状態が膠着して、それでも根を詰めて演劇を見まくり、書き物をするものだから、使いすぎる頭と使わなすぎる身体のバランスが、もうぎりぎり崩れる手前で、いや、正確にはもう崩れてどうしようもなくなったから今日このスタジオに、どうしてだか来たのだった、と思い、ひとり見学場の椅子でひざをかかえて震えた。

そもそもなぜ自分がレッスン見学に行こうと思い立ったのか、謎の勇気が、僅かな野性が、自分を押し出したような気がする。遠くへ行けないなら今ここで高く跳べ、と。私、日ごろ客席に安住しすぎている。時代に切り込むような、ひりひりする現代演劇の体験を重ねても何か足りなかったのは、この「跳躍」への恐れだったんだ、ってわかって、でもわかったところで自分が跳べる気がしなくて、憧れと恐怖の紙一重を、味わっていた。
これまで仕事で訪れた演劇の稽古場、俳優の稽古場が何となく怖かったのも、彼らが私の思いも寄らない身体性を、声を、するすると手元に引き寄せて魔法のように組み立てていくことに、劣等感と憧れを持っていたからだった。稽古場は、私の「居場所」じゃない、「場違い」な人間だ、とずっとずっと思っていた。私は「観察者」であり「記録者」だ。その矜恃があまりに強くて、だから客席に座る時はいつも安心して、どんなにそれが社会性を帯び、観客自身の思想を揺さぶるような演劇でも、(時に涙をぼろぼろこぼしながらも)ぎゅっと受け止めて来られたのは、演劇について書き記す使命に、安住しすぎていたからではないか。それはそれで、息の詰まるほどの矜恃だったとは思いたいけれど。
今年から私は、仕事の形態を大きく変え、昨年までは小豆島や城崎、デュッセルドルフなどに大きく移動をしながら演劇に携わってきたけれど、今は東京で、この街で自分にできることをひとつひとつやっていく覚悟だ。でもその中で、見ないようにしてきた不安があった。本当はもっと遠くに行きたい。でもできない。移動なしで、どうやって自分の身体を確かめるのか。文体をより強く持つにはどうしたらいいか。昨年から、たまにフォトグラファーのモデルをすることがあり、服を着ていたりいなかったり、さまざまなんだけれど、そこで掴みかけた身体性での戦い方を、もっと深めていきたいと、思っていた。その答えが、レッスンの終盤に急に見えて、それを求めてきたくせに、怖い、怖い、こんなことがいつか自分にできるんだろうか。私も跳んで、ふわりと着地、なんていう身体になることができるんだろうか、と涙が出そうになった。 でもここを越えたら絶対に、私の文体は変わる。 

昨年、デュッセルドルフで観た松根充和(日本人演劇作家/ダンサー・ウィーン在住)の『踊れ、入国したければ!』というセンセーショナルな作品がある。アメリカで起きた、入国審査官がイスラム系のアメリカ人ダンサーに尋問をして「入国したければ今ここで踊って、ダンサーであることを証明せよ」とひどい言葉の暴力をあびせた、というニュースを題材にしたシニカルで、真摯で、笑える作品だった。私はそれを見て、当時友だちだったあるバレエダンサーに「もしあなたがアメリカの入国審査官に、アジア人だからってそんなこと言われたらどうする?」と尋ねたのだった。彼は即答で「僕、踊りますよ。おいおいもういいからって言われるまで、跳んで踊って回ります!」って笑ってくれて、その瞬間、私はダンサーという人種の身体の強い根拠に、魅了されてしまったのだった。松野さんだって、片岡さんだって、もしそんな目に遭ったらきっと「じゃあ踊ってやるよ」と思いながら相手を打ちのめすまで踊り倒す力を、秘めてる。そう思った。そういう強さに、今私、ものすごく惹かれてる。必要としてる。憧れている。

遠くへ行けないなら今ここで高く跳べ。

恐ろしい発見を得て、中学生の頃からのコンプレックスまで思い出しちゃって、何だかすごい夜だった。松野さん、片岡さんは同じ人間と思えないくらい美しくて、でも私も同じ人間、彼らとはべつの部分を磨く人生だっただけで、これからもっとひろげて、おもしろいもの、書いていけるんじゃないか。スタジオを出ると嵐がひどく、でもこの大雨にさえも勇気づけられて、怖い、怖いという気持ちが残りながらも、本当に「稽古場」を観に行って良かった、と思ったのだった。