2019年9月24日火曜日

祖母の長兄からの手紙

祖母の、戦死なさった兄がお書きになった手紙。(戦後、兵士たちの遺稿集として「群像」に掲載されたもの)

 



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敬夫へ。

 先日は外泊の折皆の元気な姿に接し兄として嬉びこの上もないものでした。

 今日はお前に私の考へてゐること及びお前に言つておきたい事を、東京行の列車の中で書きます。よくよく熟読玩味して下さい。兄さんも学校に居る時は、自分の力を少くとも他の学生達の如くにでなく、自分の思ふ方向に対して向けてきたと今でも自覚してゐます。先日お前の買つたといふ本を見せて貰ひ、お前の勉強の対象が、私のそれを同じものに向けられてゐることを見て、一面嬉しさを禁じ得ないとともに反面ある意味での怖しさに駆られました。

 まことに現代の学生の宿命とでも言ふべきものを感ぜずには居られません。

 矛盾を社会の機構の中に見出した時、若い血が命がけでそれを解決しようとする。その姿は美しいものです。その姿はたゝへられねばなりません。命がけでやることに何で悪いことがありませう。

(中略)

お前は史学に専念すると言ひましたね。歴史を読む事は良い事です。人間が今迄に経てきた足跡を静かに想ひ、その中から、社会を歴史を世界史を人生を観照し、その中から自己の使命を見出すのです。

(中略)

もう少し現実的であれ。学校の机上の空論から離れた本当の勉強に入る様お願ひします。また少しむづかしい事を書いてしまひましたね。要するに私が軍隊に入り学生生活と比べてみて感じた事を書くのです。軍隊という処は一口では云へないが、とにかく愉快な場所ではありません。しかし、それが如何なる批判をうけると受けぬとに限らず、それはこの社会に現実に存在するのです。だから云ひたい事は、お前が正しいと信じた事も、正しいと想つた様には行かないのです。お前も坂梨と同様に素直な境遇に育つた人間なのです。少くとも私と同様に社会の逆境の中に居らない人です。

 前置きが長くなりましたが、具体的な事を書きます。現在の日本を見ながら、現代の学生の仕事はいさゝか変化したのではないでせうか。学生が学生の本分のみに専心するには余りにも慌しき社会をみます。それでお願ひします。私のゐない家の者の、男の子のお前が中心となり、自分の身辺の者の為に動く様にして下さい。お前には未だ未だ解らないと思ふが親の愛と云ふものを痛感するのは自分が逆境に入つた時始めて解るのです。

 どうか、父母上に、

「また機会ある日に」知子にたくす。